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僕と車の物語 |
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| その2 自分自身で「何故僕は車が好きなんだろう? それもスポーツカーやGTカーが。」と自問自答することがある。物心ついた頃よりの虚弱体質(現在は健康)でいつも喘息の発作を起こして学校を休んでいた。外で友達と遊ぶ事もできず、そんな時布団の上で何時も一人で遊んでいた。模型作りが主体だった。飛行機、船、そして車 (スポーツカー)のプラモデルである。乗り物の雑誌などを見ながら夢を見ていたのである。心はいつも大空へ、大海原へ、そして地平線の彼方まで続く道へと空想を巡らしていた。 虚弱体質は変らなかったけど18歳になった時憧れの自動車免許を取得した。 この後連載で続く |
| その3 運転免許を取ったことで車の存在がより現実的になった。そして20歳を過ぎた頃、弟と協力して(弟も免許を取った。)憧れのマイカーを買った。勿論ローンである。
当時36万円の中古のカローラだった。弟と一日置きにして使った。この車初めてのマイカーだったのでいろいろな思い出がある。妻との初デートもこの車だった。
この車は3年ほど乗って次の車に。 しかし自分で決めた理想のマイカー選びは、勿論他にあった。この後連載で続く
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| その4 カローラでの初デートの話が出たのでこの際、記憶を辿って見よう。あれは今から40年ほど前になる。 その日は早朝から洗車を入念に行 ない迎えに行った。ドライブの行き先は湘南海岸から三浦半島の突端まで。そして車を停めて岩場まで歩く。足場が悪いのでそれを口実に、手をつなぐチャンスをつくった。帰り道、夕陽を見ながらの海岸線を走りながら夕食を誘ってみる。決めていた所は横浜元町だ。元町の外れにあったイタリア料理のお店である。スパゲティーディナーコースだった。テーブルのロウソクの揺れる灯りをながめながら食事はすすんだ。段々いいムードに。しかしこれから後の記憶が消えてしまって思い出せないのである。カローラのいい思い出だ。この後連載で続く |
| その5 月日の経過と共に車好きはエスカレートしていくことに。当然モータースポーツに興味が増した。富士スピードウエイなどにもレース観戦に出かけたのもこの車であった。カー雑誌やモーターショーなどからの情報により理想の車選びは当然外車に目が向く事になる。 40年前の日本ではまだ本格的スポーツカーは数少なく、あってもその性能は外国産スポーツカーに比較すると劣っていたのは当然であった。そんな中、僕が選んだ理想の車とは。この後連載で続く |
| その6 理想の車選びは、当然外国産の高性能スポーツカーになってしまう。アメリカ車はどうしても趣味に合わず、
好きな車はやはり、ヨーロッパ車
である。小さくても高性能車が好きだ。運転しても楽しく、洗車磨きしてもよく、眺めているだけで嬉しくなるような車。普段着でも、お洒落して乗っても似合う車。
この様に絞って考えると世界広しと言えどもこの車しかない。「これぞ、僕の理想の車だ。」その車はドイツ製スポーツカー「ポルシェ」だ。この車以外に理想の車など考えられないのであった。しかし理想の車は決まってもあまりにも程遠い存在である。 この後連載で続く |
| その7 街中でポルシェを見かけたり、カー雑誌などでポルシェの記事や写真を見ると、ポルシェが欲しいという気持ちは益々強くなるが、あまりにも高嶺の花の存在に気が遠くなってしまう。その後、国産車を8台ほど乗り替えたが、一方でポルシェの夢を実現すべく、資金作りに少しずつお金を貯める事にする。ポルシェ貯金という事にする。果てしなく長い期間の貯金になる。そして絶対に手をつけないと心に決める。この後連載で続く
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| その8 その後現在まで約30年間、ディーラーのショールームに時々寄ったり、集めたポルシェの雑誌、ビデオテープ、カタログや写真集は押入れの一部を占領するほど集まっている。そして暇があると雑誌やビデオテープを見る事でポルシェを楽しんできた。 ポルシェをいろいろと研究した結果、いかにして手に入れるかいくつか自分の中で案ができた。この後連載で続く 。 |
| その9 ポルシェを手にするにはどうしたらよいか、幾つかシュミレーションしてみた。新車はまず無理なので中古で考える。中古のポルシェは当たりはずれがあるので(はずれると修理費に莫大な費用がかかってしまうので。)信用の置ける中古ショップをこまめに
廻り、良い出物があった時に買う方法。しかしこの良い出物に未だに出会っていない。次はポルシェを所有し、こよなく愛する人がいて
、念入りに手入れをしていたが、もう年なので手放してもいいと思っている人から買うこと。しかしこれは宝くじに当たるよりまだ少ない確立かもしれない。結果としてはなかなかポルシェを手にする事はできないのである。「やはり諦めなのかな。」っとため息。この後連載で続く
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| その10最終回 「魚心あれば水心」で思いあればいつかは通じる。それは奇跡に近い出来事が起きてしまったのである。ある人との偶然な出会いが思わぬ嬉しい結果になったのである。其のある人とはポルシェを愛しすでに数台も乗り継いでいる。そして現在のポルシェも大切にしているが、仕事の都合(転勤)でどうしても手放さなければならないとの事。「渡りに船」とは正にこの様な事で、早速私のポルシェに対する思いを伝えたところ、譲ってもよいが但し「大切に乗ってくれるなら。」との条件
付きで。勿論車を大切にする事は誰にも負けない自信がある。この車年数は7年が経過しているが、程度が良く私の好みのボディーカラーでもあるし、ポルシェ貯金を使えば何とか買える金額でもある。かくして一ヶ月後待望のポルシェが我が家にやって来たのである。この偶然な出来事はいまだに信じられないのであるが事実である。ポルシェとの嬉しいお付き合いが始まったのである。ありがとうございました。
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