妊娠、出産レポート

  

 たくみ堂に通院、そして無事妊娠,出産された方 の中で、妊娠レポートの主旨をご理解戴き、その素直な気持ちをメールで報告してくれました。
 現在妊娠を目指して頑張っている方達に少しでも参考になればと思いこのページを作りました。 ( 妊娠できた時の心境、妊娠に至るまでの経過、自分で努力した事などの報告です。)
  (ご協力戴いた皆様ありがとうございました。) 

 

神奈川県 41歳  2008.11.12報告


◎41歳からの妊娠チャレンジ

「妊娠反応が出てますね」
医師の言葉に、思わず「え?そうなんですか?」と驚きの声を
出すのが精一杯だったあの日から、今や妊娠8ヶ月を迎えることができました。
この幸せな気持ちを味わえるようになった大きな支えとして、
たくみ堂の院長先生とスタッフの皆さんの存在は欠かせないものでした。
本当に、どうもありがとうございます。

赤ちゃんが欲しい!と心から願い、日々その気持ちを育てていらっしゃる
方々のおなかに、一日も早く新しい命がやってきてくれる一助となればと思い、
私なりの妊娠チャレンジの軌跡をつづらせていただきます。
少しでも、励みや参考にしていただければ幸いです。

思えば、仕事と自分本位の気ままな毎日に明け暮れ、ようやく現実的に
「よし、子供を産もう」と思えたのは、41歳になったばかりの時でした。
そこで初めて妊娠出産について本を読んだりして勉強してみたのですが、
どこにでも年齢と妊娠率の反比例について書かれており、
「もしかして、もう遅い?」と思いながらも、「子供が欲しいと思った時が
産みどきなんだ!」と自分を励まし、チャレンジを始めたのでした。
ただ、年齢的にタイムリミットがあることは確かなので、
半年間は自然妊娠にトライ、それでダメだったら体外受精をしてみよう、
という自分なりのプランを立てました。そして、普段の暮らしの中でも
妊娠に適した身体になれるよう、できることはなるべく取り入れようと思い、
ネットや本などで熱心に情報収集。その中で実際に取り入れたのが、
漢方薬(周期療法)、ウォーキング、そしてたくみ堂の鍼治療でした。
以下は、これまでの経緯、そして妊娠のためにやってきた習慣などです。

■これまでの経緯

2007.4月(41歳)
 妊娠を希望。まずは妊娠できる身体かどうかを調べるために
 婦人科クリニックを初受診。子宮卵管造影検査→右:閉塞、左:狭窄との
 診断を受けたが、左卵管は狭いながらもなんとか通じているようなので
 タイミング指導にて自然妊娠にチャレンジすることに。
 いきなりクロミッド+hCG+デュファストンという薬剤治療に突入するも、
 この時点では勉強不足で、そのまま数ヶ月はその治療を受けることに。
 
2007.5月
 少しでも妊娠の可能性を上げるため、FT(卵管鏡下卵管形成術)を受ける。
 →右卵管:生まれつきの閉塞があるようで不通過、左卵管:通過

2007.6月
 ネットで見つけたたくみ堂に「ここだ!」という縁を感じ、早速メール。
 予約でいっぱいだったようだが数日後にたまたま空きが出たとのことで
 先生から電話をいただき、その日に初受診。「おなかが硬いね」と言われ
 鍼を打っていただいた後には、おなかがフワフワになっていてびっくり!
 それから週に1回ほどのペースでたくみ堂通いが始まる。

2007.9月  
 ある本で「クロミッドやhCGの多用は、逆に妊娠しにくいスパイラルを作る」
 ということを知り、自分の中にも「本来の私の身体の実力を試したい!」という
 思いがあったため、クリニックを休んで自己流のタイミングで自然妊娠にトライ

2007.12月 
 結果が出ないまま半年が経ったので、当初の予定通り体外受精を希望し
 新宿の有名クリニックを受診。右卵管が使えないので、胚盤胞まで育てて
 凍結し、翌周期以降に移植というプランをとることに。
 1回目採卵→分割が遅いながらも胚盤胞まで育ち、翌周期に移植→着床せず

2008.1月 
 2回目採卵→胚盤胞の手前で分割停止

2008.2月 
 3回目採卵→正常な受精が見られず

2008.3月 
 4回目採卵→2つの卵が採れ、2つとも受精したので、試みとして
 1つはフレッシュ胚で移植、1つは胚盤胞まで育ててみたいと希望を出す
 その周期にフレッシュ胚を移植→着床せず
 残りの1つは胚盤胞まで育って凍結

2008.5月(42歳)
 排卵日周辺に自然妊娠にもトライしつつ、凍結胚盤胞を移植するという
 ダブルスタンバイで臨む→妊娠!!
 (体外受精によるものか自然妊娠かは不明)

■自分なりに取り入れた習慣など
 ・仕事の量を減らしてストレスも軽減するよう調整する 
 ・なるべく週1回のペースでたくみ堂に通う
 ・ショウガ温灸、時間のあるときはビワ温灸
 ・できるときに足湯
 ・玄米の粉(商品名:リブレフラワー)をごはんや味噌汁に入れる
 ・漢方薬を飲む
 ・1日になるべく40分以上は歩くように心がける
 ・冷たい飲み物や甘い(白砂糖を多く使った)食べ物を控える
 ・身体をゆるめる体操をする(Wii Fitのヨガもよかったです)
 ・おだやかな気持ちで日々を過ごすようにする

・・・以上がおおまかな経緯ですが、この過程にも河村先生には
温かな励ましをいただき続けました。初めての体外受精にチャレンジする時には
「まだ身体が整っていないから可能性は五分五分だと思うけど・・・」と
言われながらも、どこかで焦る気持ちがあったためチャレンジしましたが、
案の定NGな結果となり、さすがだなーと感心しました。

今にして思えば、自分ではマイペースに妊娠チャレンジいたつもりでも、
結果が出ない時間が過ぎれば過ぎるほど、心の奥には「妊娠したい!妊娠せねば!
早く子供を作らなくっちゃ!」という切迫した思いが固まっていたような気がし
ます。
何をしていても、心の床の間には「妊娠」という二文字が大きく掲げてあって、
街でおなかの大きい女性を見ると「あの人は卵子と精子がちゃんと出会って分割して
着床したんだな、いいなあ」などと考えていたりしました(今思えばちょっと
おかしいですよね)。妊婦や母になった人に「よかったね」と心で思うことは
あっても、
妬むということはありませんでしたが、自分自身の妊娠に対する思いや焦りが
募るにつれ、(クリニックで処方されたセロフェンという薬の副作用もあったかも
しれませんが)ちょっとしたことでイライラしたり、いろんな気持ちが爆発して
夫の前でボロボロ泣いてしまったこともありました。
不妊治療は、よく「出口のないトンネル」といった言葉で表現されますが、
約1年という長くもない期間を過ごした私でも、そのことを実感として味わいま
した。

でも、そんな山や谷を歩いていくうちに、いつしか「できないときはできない、
できるときはできる。私にとっての答えを、真摯に受け入れよう」という
あっけらかんとした思いに辿り着いた時、心も体もゆるんでいったのだと思います。
子供のいない人生というものを想像し、その場合の仕事を含めた生き方も考えねば
と思い、あるいは養子という選択肢もあるし・・・などとぼんやり考えながらも、
決して「お母さんというものになりたい」という願いを諦めるわけではなく、
あまりストイックに執着して自分を追い詰めることをやめてみたのでした。
それからは毎回、先生のあったかい手と握手していただき、パワーをチャージ。
妊娠のためにできる日々の習慣は続けながらも、それができない日があっても
まあいいかと自分を責めず、たまには好きなケーキを食べたり。
妊娠することになる周期には、先生に「うん、おなかは整ってるよ。ゆるんだ気
持ちで
いれば大丈夫」と言われ、私も「今はすんごくゆるんでます(笑)!」と答えたのを
はっきり覚えています。やはり、心と身体はつながっているのだと実感しました。

元気な胎動を日々感じられるようになった今でも、自分の中に新しい命が宿っている
ことが夢のようで、毎朝おなかをさわって「ほんとかな?」と確かめて喜んでい
ます。
初めて心拍を確認できた日、クリニックからの帰りの電車(指定席)に座って
まだまったく目立たないおなかにショールをかけてなでていたところ、
巡回してきた車掌さんに「冷房は寒くないですか?」と声をかけていただきました。
「実はうちの奥さんも妊娠中で、冷やすのはよくないと聞いたもので・・・」と
のことで、
ああ、ほんとに私は妊娠したんだ〜と、涙が出るほどうれしかったです。
駅でもらえる妊婦ストラップをバッグに付けて電車に乗ると、30代くらいの男性が
席を譲ってくださることが多く、「子供がいる人なのかな、奥さんが妊娠中なの
かな」
と、温かい気持ちと感謝でいっぱいになりました。
両親も(おそらく諦めていたに違いない)孫がやってくるニュースに喜んでくれ、
「おなかの中に大切なものを預かっている」という心持ちです。

つわりも軽めに済み、これまでの経過もすこぶる順調。たくみ堂直伝の安産灸は
もはや毎日の楽しい習慣となり、このまま無事に、いい出産ができることを
祈りつつ、日々をうれしく過ごしています。

先生、そしてスタッフの皆さま、本当にありがとうございました。
これからも、皆さまご自身お身体大切に、一人でも多くの方に、私が授かったような
幸せを手にしてもらえる力になっていただけたらと願っております。


NO89

 

東京都 36歳 2008.11.12報告
 
河村院長、奥様、スタッフの皆様、いつもお世話になっております。

こうして、妊娠レポートを予想よりも早い時期に書けることを心から嬉しく思っています。
私もずっと妊娠した方のレポートを励みに頑張ってきた一人です。
まもなく妊娠6ヶ月に入るところで、経過も良く、マタニティライフを楽しんでいます。



34歳で結婚した私は、早く子供がほしい気持ちでいっぱいでした。
半年ほど自己流でタイミングを試みましたが、排卵日が定まらないことから苛立ちもあり
また、何か出来にくい要素があるのではと、不妊専門医のドアを叩いたのは35歳の誕生日のすぐ後でした。

***夫婦共に特に大きな問題はない***

2ヶ月ほどに渡る不妊の検査で頂いた言葉でひとまず安心。
だけど、一日も早く欲しい気持ちは変わらなかったので、まずは一般的なタイミング療法を開始。
3ヵ月後には排卵誘発剤を使用することになりました。
タイミング療法を半年試みたところ、先生から「人工授精をしてみませんか?」と言われ
主人も引き受けてくれたので、07年の2月に初めての人工授精にチャレンジしました。



1回目、2回目と失敗。
主人の結果が先生から太鼓判を押されるほど良く、それだけに情けない気持ちでいっぱいで
涙がずっと止まらなかったのを覚えています。
3回目も失敗に終わる頃、自分の体に異変が起きているのが分かりました。
5日間はあった生理が2日で終わってしまったのです。

***問題のなかった体が問題のある体になってしまった***

たったの1年で不妊治療に疲れてしまいました。
また、生理の量を戻すためにもしばらくは治療をストップすることを決意。
排卵誘発剤をやめてから3ヶ月ほどで生理の量もほぼ戻ってきました。

人工授精を3回でストップし、誘発剤で生理が減ったことから
あと3〜4回だけ人工授精し、その後は治療を完全に止めようと思っていました。

***4回目の人工授精で奇跡の妊娠***

なんと治療を再開したとたんに妊娠。
しかし、8週になっても心拍が確認できずに稽留流産となってしまいました。
このときの悲しみは言葉になりません。
デパートのトイレで1時間泣き続けたことはずっと忘れないでしょう。


***東洋医学にチャレンジ***

ずっと排卵誘発剤に不信感を持っていた私は
いずれは漢方で妊娠しやすい体にしようと思っていました。
都内でも有名な漢方クリニックの初診にこぎつけたのは流産の手術から1ヵ月後で
ここではしばらく婦人科通いをストップすることが決まりでした。

でも完全にストップとなるとむしろ不安な気持ちもあり
効き目が出るまで時間のかかる漢方だけでいいのかと
他の方法も調べ続ける毎日。
そんな中、鍼治療が良いという情報があり
近くの鍼灸院を色々調べたものです。

***心と体の冷え***

漢方クリニックでもやはり少し冷えがあることを指摘されました。
でもこの頃私を悩ませていたのが心の冷え。
簡単に授かってしまう人に対してのジェラシーは物凄かったと思います。
何より、ジェラシーを感じる自分に苛立ちがありました。
「普通の鍼灸院ではだめだ、不妊専門のところに行こう」と
探し当てたのがたくみ堂でした。

初診にこぎつけるまでの院長からのマメな連絡にすでに信頼、安心感を覚えました。
「お腹がつっぱっている。でもきっと妊娠出来ますよ。」院長にこう言って頂き
しばらくは母体作りに励む日々。
生理の量も増え、生理痛も軽減。排卵もすこしづつ定まるようになってきました。


***そう遠くない時期に妊娠できる***

08年4月、たくみ堂に通って3ヶ月。
家でのお灸は生姜温灸からビワの葉に変り、漢方も毎日煎じて飲み、週1回の鍼治療で

だいぶお腹が柔らかくなり、院長に「そう遠くない時期に妊娠出来ますよ。すぐに欲しいとか焦らないでね」と言われました。
基礎体温は綺麗な2層を描くようになり、高温期にガクンと体温が途中で落ちることもなく
私の体はどんどん変って行きました。

それでも1日も早く授かりたい気持ちは消えず、昨年9月に人工授精で妊娠したことから

また9月からに婦人科通いを再開したい気持ちになってしまいました。


***自然妊娠出来る!***


婦人科通いを勧めない漢方クリニックの先生からもお腹の状態がいいから
秋から婦人科に通ってもいいよと許しを得たのに対し
院長は賛成してくれませんでした。
「自然妊娠出来る」というのです。
37歳でそれを待つのは無理があるのでは・・?なんて思っていました。

そして、08年7月。漢方の先生からも「半年でこんなにお腹が柔らかくなるなんて、すごいよ!」と。
何千人ものお腹のチェックをしている方からの言葉は嬉しかったです。
また、鍼治療をしていることを告げると
すでにたくみ堂のことはご存知で「こちらからたくみ堂さんに患者さんを紹介することもあるんですよ」とおっしゃいました。

この7月の終わりに私の体は院長の予想通り、奇跡が起きていました。
「遠くない時期に妊娠出来ますよ」という言葉から3ヶ月が過ぎた頃です。


***ママのお腹に居るからね***

妊娠が分かってからも不安でいっぱいでした。
前回心拍を確認することが出来なかったので、それまでの時間は恐ろしく長く感じましたが
赤ちゃんは心配性の私を気遣ってか前回なかった「つわり」という表現で存在をアピール。

そして、無事心拍確認。
号泣する私に産婦人科の先生は「良かったね、良かったね、悪いことばかり続かないよ」と声をかけてくださいました。

つわりが終わるとすぐに胎動を感じることが出来、本当に親孝行な赤ちゃんだと思っています。
いつも「ママのお腹に居るからね」と言ってくれている気がします。


院長をはじめ、たくみ堂の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
目的は妊娠ではなく、無事出産そして健康なお母さんになるためにも日々の生活に気を配ることを教えてくれました。
そして、婦人科ではなかったメンタルケア。心と体の冷えを取ってくれたように思います。

不妊という先の見えない長いトンネルは、本当に辛いものですが
すぐに授かった人には分からない感動と感謝の気持ちを持つことが出来ます。
妊娠するまでは院長の前向きな言葉もなかなか信じることが出来ず、申し訳なかったです(笑)

また、体質改善には途中で悪くなることもありますが
それを繰り返して改善していくので、途中であきらめずに続けることが大切だと思っています。

一人でも多くの方が可愛い赤ちゃんを抱けるよう、いつも心から祈っています。


NO88

 

 東京都 40歳 2008.11.12報告


 河村先生、奥様、スタッフの皆様

ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか?
4月下旬に予定日から12日遅れましたが、自然分娩で3000gを超える
元気な女の子を出産いたしました。

もっと早くレポートを書かなければと思いながら、毎日の育児の忙しさの中で、
考えをまとめて文章にすることがなかなかできず
とても遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

子供も6ヶ月を過ぎ日増しに表情が豊かになっています。
忙しいながらも充実した毎日をこうして過ごせるのも
河村先生とスタッフの皆様にお世話になったおかげと、
感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

それでは私の妊娠レポートです。

私は結婚が38歳と遅かったので、結婚後1年してすぐに不妊専門のクリニックに
検査に行きました。検査の結果特に異常はないということでタイミング療法を
開始したのですが(投薬はなし)半年間結果が出ませんでした。
クリニックでは年齢的なことも考慮してステップアップとしてAIHを勧められました。


ただ私としてはなんとなく『夫婦とも異常なくタイミングでもうまくいかないなら
AIHでも結果は同じなのでは?』という気がして、しばらく病院はお休みして
東洋医学のアプローチで体調を整えようと考えました。

たくみ堂のホームページを知り、先生が不妊患者さんを専門に診ていらっしゃることを知り
受診を申し込みました。
実際に先生に診て頂いて『お腹も硬くないしきっと妊娠できるでしょう。』と
言っていただき、すごく気持ちが軽くなったことを覚えています。
河村先生なら知見も豊かで今後の治療を含めてご相談させていただけるのでは
と確信いたしました。

そしてたくみ堂に通い始めてから妊娠するまでの1年間、私は鍼に週一回通うことが
とてもリラックスできるいい時間でした。
仕事でストレスがあっても、ふっと気持ちも身体もゆるむようなそんな時間でした。

妊娠がなかなかできない約2年間の中で一番大切なのは”がんばらないこと”そして
”何事も7割できればよしとする”だと思うようになりました。

『あまりストイックにならずに楽しみながら身体にいいことを
いろいろやってみよう。』そんな風に考えました。
年齢的なこともありなかなか結果が出ないことに焦りもありましたが
とにかく気楽に、自分を追い詰めることないように努めました。

仕事上のストレスから体調をくずしたこともありましたが
そんなときも先生の一言でふっと気持ちも楽になり、
また身体の不調感もやわらげていただきました。

妊娠はたくみ堂に通い始めて10ヶ月目、たくみ堂に通いながら
病院での高度治療も再開した矢先の、41歳になる1ヶ月前でした。

私が実践した”身体にいいこと”とは本当に簡単なことばかりです。

1)身体を冷やさない。特にお腹や腰は夏でも冷えないように心がけました。

2)なるべく家では玄米。根菜や魚、一日の品目を増やす食事づくり。
身体を冷やすので、生野菜は少なめに。
目安としては1食あたりひとり分両手山盛りの量の野菜を調理。

3)お酒を控えめにする。身体を冷やしがちなビールは1杯のみ。
もともと強くないので家でお酒はほとんど飲まなくなりました。

4)ウォーキング週末40分-60分程度。
平日は駅までの道のりや電車の乗り継ぎを早足に!

5)ヨガ。週2-3回。自宅では1回30分程度。

6) 生姜灸、びわの葉温灸。気が向いたときに。
もし毎日ちゃんとやっていればもっと早く結果がでたかもしれません。

7) 漢方。土瓶で煎じる漢方を妊娠前の約2ヶ月間。
鍼と漢方の両用でずっと薄かった内膜が10mmを超えました。

その他、ソワイショウや腹式呼吸などを気が向いたときに。

妊娠するまでに心がけたことが、結果として妊娠中も健康な食事や
運動につながり、産後の体力回復にもつながったと思います。

河村先生のご指導により、食生活や健康への考え方が変わり
妊娠につながることができたと思います。

本当にありがとうございました。

 
NO87

 

 
東京都 28歳 鍼灸治療3か月 2007.11月妊娠 2008.9.19報告

たくみ堂院長殿、スタッフの皆様
 
 
秋の気配が近づき涼しくなりましたが、皆様お変わりはないでしょうか。
私は7月15日に無事に元気な女の子を出産してから、母乳での育児が始まり大変ながらも幸せな日を過ごしております。
 
気がつけば私が初めてたくみ堂を訪れた昨年の夏から1年が経ちました。
昨年の夏、不安な気持ちを抱えながら先生のもとを訪れたことが昨日のことのように思い出されます。
そんな私が今はこうしてわが子を胸に抱いてると思うと本当に信じられない気持です。
私が今わが子と過ごせているのもたくみ堂院長先生をはじめスタッフの皆様のおかげです。
 
昨年の私と同じように赤ちゃんを待ち望む方のために少しでも役に立てばと思い、妊娠レポートを報告させていただきます。
 
 
【妊娠に至るまでの経緯】
 
2005年12月(26歳) 結婚 : 仕事を続け共働きでの生活。赤ちゃんは自然に授かればと深く考えていませんでした。
 
2006年 8月(27歳) 妊娠 : 仕事も忙しくもともと生理不順もあったので生理が遅れていることに気付かず、2、3週間ほど過ぎてから妊娠に気づきました。
 
              胞状奇胎 : 3週間ほど過ぎてから初めて産婦人科を受診した私を待っていたのは、おめでとうの言葉ではなく悲しい知らせでした。  
              
              手術(2度に渡り手術を行いました)
 
2006年 9月〜2007年 3月 通院 : 胞状奇胎のため術後の経過観察のため婦人科に通院。他への転移もなく生理も戻り順調でした。
                         
2007年 4月(27歳) 妊娠許可 : 術後半年が経過したので次の妊娠をしていいという許可がでました。妊娠しやすいように婦人科からは漢方薬を処方されました。
 
2007年 8月(28歳) 不妊治療開始 : 妊娠許可が出たもののタイミング療法ではなかなか妊娠に至らず生理も乱れ無排卵にまでなってしまいました。
 
2007年 9月(28歳) たくみ堂通院 : クロミッドの副作用に苦しみ自分にはもうこの薬は使えないと思い、藁にもすがる思いでたくみ堂へ。
 
2007年 11月(28歳) 妊娠 
 
 
 
【たくみ堂との出会い】
 
初めての妊娠で私は異常妊娠と言われる胞状奇胎と診断されました。通常の流産と異なるのは、悪性であれば癌となり体の他の箇所にも転移する可能性があるということでした。そのため胞状奇胎の手術後も定期的に経過をみるため婦人科への通院が続いていました。幸い悪性とならず経過も順調だったため、半年を経過して次の妊娠許可がおりました。医師からは念のため妊娠まで面倒をみると言われ通院していたのですが、タイミング療法でなかなか妊娠できない私に医師は漢方薬を勧めてきました。しかし漢方薬も私には効かず基礎体温のグラフも理想的なグラフにはならずだらだらと高温期に移動していくようで、きちんと排卵していないのは自分でもわかるほどでした。妊娠を焦るばかりにストレスがたまり、いつしか無排卵にもなってしまいました。次に医師からは排卵誘発剤のクロミッドを処方されました。しかしこの薬も体に合わなかったようでひどい副作用に苦しみました。主人からも「そんなつらい思いして体壊してまで頑張らなくていいよ」と言われ、夫婦で病院の一般的な不妊治療ではない方法を探すことにし、インターネットで「たくみ堂」に巡り会いました。主人も私も鍼灸というものは初めてだったので最初はためらいましたが、HPを拝見し治療方針や妊娠レポートを読み「たくみ堂」にかけてみることにしました。   

初めて院長先生にお会いしお話した時に、「うちには優秀なスタッフがいますから大丈夫です。妊娠できますよ」という言葉を聞き、なぜかほっとしたのを覚えています。お話してる間、どうしてかわからず涙が止まらなかったのですがスタッフの方がやさしく話を聞いてくれ心が落ち着いてきました。
院長先生からは「おなかの冷え」を指摘されました。確かに私は冷え性でした。夏も冬も関係なく手足が冷えてしまうほどだったので、先生に言われた時にははっとしました。「このおなかをやわらかくしないといけないよ。3ヶ月とか半年とか短期間では無理だけど長い目で見て頑張りましょう」と言われ、早く赤ちゃんが欲しかった私は正直落ち込みました。できればすぐに欲しい。鍼治療ですぐに妊娠できるかもと期待してたところもあり先生の言葉に涙をこらえるのに必死でした。それでも1年後でもいい、自分にも赤ちゃんがやってきてくれるならがんばろうと思い、「たくみ堂」で頑張ることを決めました。そして院長先生から「排卵誘発剤は飲まなくていいです」と言われたので、婦人科では薬をしばらくやめたい旨申し出て、経過観察にすることにしました。


【たくみ堂での治療】

週に1回の通院は私にとって楽しみでもありました。院長先生やスタッフの方との何気ないおしゃべりが、気分転換にもつながりました。
今まで妊娠できない焦りや不安でいっぱいだったのが、たくみ堂に通うことで解消されていきました。
不妊治療のために通っていた病院はいつも行くのが憂鬱で仕方なかったのですが、たくみ堂は行くのが楽しみで、
今思い返しても本当に楽しみながらの治療だった気がします。
先生からアドバイスされたことはできるだけ実践するようにしました。
また、先生は妊娠するためだけではなく、体全体の治療をしてくださるので「鼻がつまってつらいんです」「膀胱炎になってしまいました」という私の訴えにも嫌な顔せず併せて治療をしてくださり、治療後は本当に体も軽くなって帰ることができました。
初めての鍼灸でしたが、鍼は全く痛みを感じずむしろ治療中は心地よくていつも寝てしまうほどでした。
院長先生は毎回基礎体温などで低温期であるとか高温期であるとかきちんと確認してその状態にあった場所に鍼をさしてくれるので安心感もありました。
 
家では教えていただいた生姜灸を毎日行いました。
生姜灸だけは毎日欠かさず実践していたので、私のかたいおなかにも効果があったのかもしれません。
 
またスタッフの方とのおしゃべりの中で万年冷え性の私は足湯を勧められ、まだ残暑が厳しい季節だったのですが足湯を始めることにしました。
黒酢を使っての足湯なので最初は足がかゆかったりと違和感があったのですが、
次第に慣れていき足湯をしながら雑誌を読むことが日課になりました。
足湯は十分時間のあるときしか行えませんでした。
 
その他にはたくみ堂のHPを参考にしながら呼吸法を実践したり、玄米を食べるようにしたりと母体作りに努めていきました。
アイスクリームが大好きで冬でも食べてしまうほどだったのですが、冷たい物を少し控えて飲み物なども温かいものに変えたりと、生活のちょっとしたことも気にするようにしました。
 
2ヶ月ほど生姜灸を実践した頃、院長先生からビワの葉灸を勧められ、
通常は生姜灸を、時間のあるときはビワの葉灸を行うようにしました。
ビワの葉灸はおなか以外にも使えるので冷え性の私の足にもできてとてもよかったです。
 
そんなビワの葉灸を始めて間もなく、妊娠していることが判りました。
自然妊娠です。
妊娠が判っても、私は前回の妊娠が異常妊娠だったため手放しでは喜べませんでした。
また同じようなことが起きるかもしれない。
そんな不安を持っていたのですが、先生は「大丈夫、今回はきちんとおなかに赤ちゃんいるから」と言ってくださり、
流産しないようにとそのツボに鍼をしていただき心が軽くなったのを覚えています。
妊娠初期は流産を防ぐためにいろいろアドバイスもいただきました。
つわりがひどい時はつわりを軽減させてくれるツボに鍼をしていただきました。
5ヶ月に入ってからは安産灸に変わり、出産に向けての体つくりと変わっていきました。
 
数え上げればきりがないほど私はたくみ堂の院長先生やスタッフの方からよくしていただきました。
1年は覚悟していた妊娠ですが、通い始めて3ヶ月で妊娠することができたのも、流産・早産をせず無事に出産を迎えることができたのも、すべてたくみ堂での治療のおかげだと感じています。
本当に本当にありがとうございます。

そしてこのレポートが誰かの支えになればと思っています。
たくみ堂を信じ、自分の妊娠力を信じ、楽しみながら母体づくりに努めていればきっと赤ちゃんはやってきてくれます。
私がそうであったように。
 
本当にありがとうございました。
拙い文章ですが、妊娠レポートとさせていただきます。
 
 
 
NO86

 

横浜市 37歳 鍼灸治療6ヶ月間 2007年10月妊娠 2008.8.31報告 

   <妊娠レポート>


    去年の4月に藁をもつかむ気持ちでたくみ堂を訪れました。
  今こうして我が子の寝顔を隣に見ながら妊娠レポートを書いているのがまだ信じられない気持ちです。
  予定日の少し前に無事に普通分娩で元気な女の子を出産致しました。
  河村先生を始め、奥様、スタッフの皆様に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


   2000 子宮内膜症手術
     2004 自然妊娠するも10週で流産      
     2006 漢方始める    
                子宮内膜症手術
           人工授精
     2007 転院
           体外受精
           「たくみ堂」通院開始     
              体力作り(ヨガ、ウォーキング等)
   2007 10月 妊娠>
   2008  6月 出産


  もともと子宮内膜症の持病があったのですが、2004年に一度自然妊娠もしていた事もあり、手術をすれば妊娠できると言われていました。しかし、結局手術後も妊娠する気配がなく、2006年より本格的に不妊治療を開始しました。
何  度 か人工授精を試みましたが、いずれも結果は出ず、その後不妊治療専門のクリニックへ転院し、2008年より体外受精にステップアップしました。

  2007年4月の1回目の体外受精では2個の受精卵を移植するも着床できませんでした。私の場合は子宮内膜症の手術をしており卵巣機能がかなり落ちているとの事でFSHが高く、誘発剤を使っても卵があまり取れない状態でした。クリニックの先生からは今後この値が下がるのは難しいとも言われ、初めての体外受精も結果が出ず、しばらく落ち込んでいました。

 しかし落ち込んでいても何も始まらず、何か他に違う治療方法があるかもしれないと思い始め、次の治療まで何もしないでいるより、何でもいいいから自分なりにできる限りの事をしようと思い、以前から興味があった鍼治療をインターネットで探し始めました。

  色々な治療院を検索しましたが、何故か「たくみ堂」のHPに目が止まり、直感的に、「ここにしよう」と思いました。河村先生の不妊治療に対するお考えや、母体作りという言葉に惹かれたのだと思います。
> それまではとにかく妊娠する事ばかりを考え焦り、薬や注射の連続でしたが、一方でそんな毎日に疑問を感じていた事もありました。薬漬けになっている自分の体も心配でしたし、これでいいのか?と不安に思いながらも立ち止まる余裕さえなくなっていました。いつの間にか焦りや治療のストレスに押しつぶされている自分がいました。


   今考えると、「たくみ堂」のHPを見た時、直感を感じた事、それを信じた事が私にとって大きな転機だったと思います。早速メールをして先生から初診の日程のお電話をいただきました。
 初診の日、先生からは「少し時間はかかるけど一緒に頑張りましょう」と力強く優しく言っていただきました。

  それから毎週治療に通い6月に入った頃、2回目の体外受精を行いました。本当はもっと母体作りをしてからの方が良かったのですが、まだその頃は気持ちが焦っていて早くチャレンジしたいという思いでした。 しかし結果は卵 子 が殻だったという状態でした。1回目より更に落ち込みました。

  でもその時から私の気持ちは変わり始めました。河村先生から、「母体がちゃんと整っていなければせっかく赤ちゃんが来てくれても育たないんだよ。焦らない事、絶対大丈夫だから。」と言われました。
 今まで焦っていたのは全て自分勝手な気持ちで、本当に母になりたいのなら、赤ちゃんの事を一番に考えなければいけない。以前つらい流産を経験しているので、今度はしっかり赤ちゃんの為に居心地の良いお腹にしてあげなければ・・・と考えられるようになりました。

> 河村先生には、自信がなくなっていた私の気持ちをいつも勇気づけていただき、「大丈夫、自分を信じる事、必ずお母さんになれるから」と言っていただいて治療を受ける度に少しづつ心に余裕が持てるようになりました。

   生姜温灸やビワの葉温灸、黒酢足湯、玄米食などもできるだけ毎日行いましたが、私の場合、体にいい事をしてあげる事が楽しく全く苦にはなりませんでした。いつの間にか不妊治療という考えではなく健康の為にしているという感じで楽しみながらできました。

   婦人科のクリニックの先生からはその後も6月7月8月と体外受精を勧められました。私の年齢も考え、できるだけ早くという考えと、何回か繰り返せば妊娠の確率も上がるという方針だったのだと思います。
 しかしその頃の私は河村先生から「焦っても結果はでないよ。必ずその時は来るから。今はまだ母体作りが大切」と言われていました。私も「必ずその時は来るはず。もう無駄に薬や注射をして、これ以上体に負担をかけるのはやめよう」と強く思うようになっていました。
 そして今度こそチャンスが来た時を逃さないために、今きちんと体作りをやって、その時を静かに待とうと考えられるようになっていました。ですからクリニックの先生はあんなに焦っていた私が毎回治療を断っていたので不思議そうな顔をしていました。

  そして違う検診でクリニックに行き血液検査をした結果、高かったFSHが見事に下がっており、急遽3回目のIVFを決めました。その時は前の2回のIVFとは全く気持ちが違っていました。
 今までは「絶対に今回こそは・・」と強く意気込んでいましたが、その時は今回駄目でも、また鍼治療や温灸をして体を整えて次チャレンジすればいいんだから。と不思議なくらい肩の力が抜けて治療を受ける事ができました。

  河村先生がいてくれるし、鍼や温灸があると思うと、とても心強い味方がついていてくれるような気持ちでした。ですからその時は大嫌いな痛い注射も苦にならず、とてもリラックスしていました。河村先生に言われたように淡々とした気持ちで過ごす事を心掛けました。言葉で表現するのは難しいのですが何か自分でも不思議な力というか今までとは違うものを感じていました。

   そしてその結果妊娠する事ができました。本当に必ず「その時」は来るんだな・・と改めて思いました。そしてそれを逃さないように体と気持ちを調える事が何より大切で結局は近道なんだと河村先生に教えていただきました。そして自分の体を大切にしてあげる事、自分の体に感謝する事を教えていただいたのも河村先生でした。先生に出会えなければ今回の妊娠は有り得なかったと思っています。先生に色々な事を教えていただき、体も心も整ったからこそ結果が出たのだと思います。本当にありがとうございました。

   妊娠中は色々トラブルもありましたが先生から励ましのメールをいただいたり、安産灸も教えていただきました。先生に妊娠の報告をした時、本当に喜んでくださり、「よく頑張ったね」と暖かい手で何度も握手をしていただいた時の事は忘れません。

   今までは心配性で怖がりの私でしたが、これからは先生に言われたように優しくたくましい母になる事を目標に頑張ります。

 私が1年前皆さんの妊娠レポートを読んで励まされ勇気をもらったように、少しでもこのレポートがお役に立てれば嬉しいです。そして、たくみ堂に通われてる一人でも多くの方に赤ちゃんが授かるよう心から願っております。
 本当にありがとうございました。
 
NO85


 
 国外 43歳 鍼治療回数4回 200710月妊娠 2008年7月出産 2008.7.10報告
 

40歳からの不妊治療■

私が不妊治療をスタートしたのは40歳。

結婚したのが34歳。自然にいつか授かればいいなと

思っていたけれど時間だけは過ぎていく。

 

ある日、1歳上の夫がいつになく真剣に

「やっぱり子ども、欲しいよね」と言った。

さすがに積み重ねられていく年齢に焦りを感じていたのだと思う。

「この年まで来たら、不妊治療を受けるしかないと思うけれど、

一緒に行ってくれるの?」とたずねると、もちろんとうなずく。

非協力的な配偶者も少なくないと聞いていたので

夫がそこまで言うのならと不妊治療へ踏み出すことを決めた。

 

5年前から私たちは国外で暮らしている。

当地でも不妊治療は受けられなくはないが、

衛生面・プライバシー保護などへの不安と

日本の技術の高さに惹かれ、どうせ治療を受けるなら

今の時点でできうる限りのものを受けたくて

毎月、国外の自宅から東京の不妊治療施設へ通院することにした。

 

最初のクリニックでは一通りの検査を経て、

人工授精を4回、体外受精を1回受けた。

初めての体外受精に失敗すると、ドクターから提案を受けた。

「うちの刺激療法では通院回数も多く、

海外から通院するあなたにとっては時間的な負担も

大きいだろうから、刺激療法ではないクリニックに行ってはどうか」

 

早速紹介状を書いてもらい、翌月転院。

2つめのクリニックは体外受精専門だった。

 

1回目は空胞、2回目は未熟卵、ようやく3回目にして成熟卵がとれ、

移植するが着床せず。4回目は胚盤胞の成長を目指すが成長がストップ。

鍼治療が有効だということを知ったのは、

この3回目と4回目の間くらいだったと思う。

 

不妊治療をスタートする時、1年間だけにしようと思っていた。

結局、42歳になるまでと半年の延長を決めるのだけれど、

これ以上の延長はできないと思っていた。

年齢的にどんどん成功率が下がっていくことは明らかだし、

仕事を続けながら東京と国外の自宅を往復するという生活は

体力的・精神的にも負担が大きい。そして経済的負担も。

だからこそ残された半年という時間で、

やれるだけのことはチャレンジしておきたかった。

後悔をしたくなかった。

 

■半年続けた「生姜お灸」■

ネットで都内の不妊治療を行なう鍼灸院を検索し、

「たくみ堂」を選んだ。

初診を受けた時の院長先生の言葉が印象に残っている。

「あと半年、と時間を区切る必要はないんじゃないの?

体の調子を整えてから、体外受精を受ければいいんじゃない?」

 

確かにその通りなのかも知れない。

そうは思ったけれど、

自分で決めた期限をさらに延長することがイヤだった。

だからあの時の私はかたくなだったと思う。

「もう決めたことですから」と。

 

鍼治療を受けると言っても私の場合、

採卵前と移植前に来ることしかできない。

たくみ堂に通院できたのはわずか4回だ。
 

ハンデがあるのだから、教わった「生姜お灸」だけは毎日続けようと思った。

たくみ堂HPにある「不妊体質を改善する健康ひとくちメモ」に紹介されていた

黒酢の足湯や玄米も試してはみたけれど、長続きはしなかった。

そのかわり、黒酢を入れたリンゴジュースは欠かさず飲むことにした。

 

結局、たくみ堂通院中に受けた体外受精は計2回。

1回目は着床するも化学流産。

その後、ホルモン値が下がるのを待って最後の体外受精を

受けたけれど、これも着床しなかった。

 

自分でここまでと決めた治療期間だったけれど、

最後の体外受精が失敗した時は虚しかった。

夫がそこまで言うのならと踏み出した治療だったし、

「努力したと示すことで周囲には何も言わせない」

という言い訳めいた部分もあった。

ところがいざ治療回数を重ねれば重ねるほど、

深みにはまっていく自分がいる。

必要以上に期待してはいけないと思いつつも

やっぱり期待をして、結果、落ち込むという繰り返し。

繰り返せば繰り返すほど、その落ち込みは深くなる。

毎回女としての偏差値を示されているようで

努力をしても報われない「徒労感」を抱きながらも希望を捨てきれない。

まさか自分がこんな堂々巡りをするとは思ってもいなかった。 

気持ちを整理して、仕事に生きようと決めるまでに1か月半かかった。

 

■「嬉しい奇跡のひとつだね」■

ところがなんとか気持を吹っ切って1か月半後、妊娠が発覚したのである。

治療はやめているのだから、自然妊娠である。

それも42歳で。

 

家族や親しい友人に報告をすると

不妊治療で授からなかったことを知っているだけに、誰もが驚いた。

河村院長も、「うちでは年に何回か嬉しい奇跡が起きるけれど、

嬉しい奇跡のひとつだね」と喜んで下さったが、

それも驚かれたからこその言葉だと思う。

 

でも誰よりも一番驚いたのは、自分自身だ。

妊娠検査薬が間違っているのではないかと、

3回も試したくらいだから。

そして10日前、私は予定帝王切開ではあるけれど

無事に男児を43歳と1週間で出産することができた。

母子ともに健康で4日前に退院した。

 

今でも妊娠できたことは不思議としか言いようがない。

高度生殖医療を受けたにもかかわらず妊娠できず、

諦めたと思ったら自然妊娠できたのは、なぜなのか。

「治療中のプレッシャーや不安が取り除かれたからだろうね」

友人たちからは、そう言われた。

確かに、当たっている部分もある。

 

でも、自分なりに考えてみると、それだけではない。

私は当初、高度生殖医療だけに頼りすぎていて

自分自身の体に向き合っていなかったと思うのだ。

たくみ堂で初診を受けた際、院長は

「お腹が硬いね、でも諦める必要はないよ」とおっしゃった。

いかに医療技術が高くても、

自分の体がその技術を受け入れられる母体でなければ成果は出ない。

そんな当たり前のこともあの頃の私は分かっていなかったのだと思う。

 

その「受け入れられる母体」づくりというのが私にとっては

鍼治療であり、生姜お灸だったのだと思う。

たくみ堂HPにある「不妊体質を改善する健康ひとくちメモ」で

紹介されている項目をたくさん実践できたわけではないけれど、

生姜お灸と黒酢入りリンゴジュースの2つだけは

ほぼ毎日休むことなく半年近く実行した。

たった2つではあったけれど、「体にいいことをできている」と

思えたことも、精神的に大きくプラスに働いたように思う。

自分の体と向き合えたこと――、

これが妊娠力アップにつながったのだと感じている。

        ★

ささやかな体験ではあるけれど、

現在不妊治療中の方、これから治療に踏み出そうとしている方の

励みになれば嬉しく思います。

NO84 

 

 東京都 37歳 鍼灸治療3年11ヶ月間 2007年3月妊娠 2008.6.25報告
 

  河村先生、奥様、スタッフの皆様、こんにちは。

大変ご無沙汰しております。
 
おかげ様で娘も元気に成長して7ヶ月になりました。
 
だいぶ遅くなりましたが 妊娠レポートを送らせていただきます。
 
レポート
子供の頃からかなりの冷え性でしたが さらに夏職場は冷房ガンガンで
食事もかなり不規則(昼食抜きなど)腰痛あり と良い状態では無かったと
思います。仕事も辞め子供が欲しいと思いましたができず・・・
たくみ堂との出会いで待ち望んだ赤ちゃんを授かることができました。
 
1996年 結婚 当時はまだ子供は先で良いと考えていました.。
(欲しい時に直ぐに授かるものと思っていました。^_^;)
 
2年後位 まだこの頃も考えていませんでしたが 人の薦めで
二人で不妊の検査を受ける(卵管造影など)結果問題なし
 
2001年 前回検査した病院に相談に行く
まずは半年様子をみるように言われる
 
半年後 再診に行き 不妊治療はじめる タイミングからスタートする
 
2002年 プロラクチンの値が若干高いという事で下げる薬を服用
 
この薬でもともと低血圧だったのがさらに下がり服用後はひどい立ちくらみで
フラフラして立っているのが辛くなったりと体調が悪くなる
 
今度はプロラクチンの値が下がり過ぎ薬の量を減らし調整するなど
体調がスッキリせず・・
 
この頃主人の方も忙しく同じく体調があまりよくない状態になる
 
2003年 AIH その後 治療中断する
 
このまま妊娠に至っても・・と思い まずは母体の状態を良くしたいと考える
ようになり
2003年 4月〜たくみ堂にお世話になる
 
途中都合で通えない時期もありましたが 治療の帰りには
体も軽く気分までスッキリするのが感じられました。
 
2007年 12月 河村先生の紹介でクリニックに行く
薬未使用でAIH
 
 
2008年 2月 AIH 薬未使用 (2回目)
結果 妊娠!
 
その後 安産灸でもお世話になる
 
2008年 11月 無事出産!
 
妊娠中も高齢で不安があったのですが 出産まで順調で
安定期以降は本当に妊婦さん?という位元気に出かけたりしていました。
出産後も母子ともに元気に過ごしています。
 
これも体質改善のおかげだと思います。たくみ堂で治療する事ができ
本当に良かったです。
 
長い期間お世話になり、本当にありがとうございました。
 
 
NO83 

 

 

 東京都 32歳 鍼灸治療1年10ヶ月 2007年5月妊娠 2008.6.22報告
 

河村先生、奥様、スタッフの皆様

 大変ご無沙汰をしております。

通院時は本当にお世話になりました。

改めて御礼申し上げます。

 今年無事、双子の男子を自然分娩にて出産いたしました。

双子育児に追われ大変遅くなりましたが、妊娠レポートを提出させていただきます。

 

待望の赤ちゃんを出産し、ママになることができました。

双子のため、毎日育児にてんてこ舞いの日々ですが、一度に二人も授かった幸せを心から嬉しく思っています。

一卵性双生児のため、顔もそっくりで幸せも2倍4倍です。

私の経験が、頑張っている皆様に少しでもお役に立てたら幸いです。

  

〔結婚してからの経緯〕

 1年後 不妊検査で婦人科へ行く→自然妊娠できにくいことがわかる

    漢方薬を始める→10ヶ月続けてやめる

 2年後 鍼灸治療を知る→たくみ堂に通い始める

 3年後 たくみ堂へ週1回で通い続ける

    不妊治療開始→妊娠反応陽性→流産

 

4年後 たくみ堂へ週1回で通い続ける

    不妊治療再開→妊娠反応陽性→双子を妊娠

 

5年後 自然分娩で双子を出産

自然妊娠ができにくいとわかったときから、愛する主人とのかけがえのない赤ちゃんを授かりたい一心で、不妊治療を行うことに抵抗はありませんでした。

ただ、高度な生殖医療を行っても、私自身が妊娠をしにくい体では希望する結果を得られるのだろうか?という思いと、自然妊娠の可能性も考え、すぐに不妊治療を開始することはしませんでした。

また、生殖医療は多量のホルモン剤を使用すること、病院の方針によっては繰り返し治療を行うことでのOHSSなどの母体へのリスクなど、いろいろ勉強していたので、とても慎重に考えていました。

 

そこでまず、以前から興味のあった体に優しい東洋医学に頼って母体作りを始めようと思い、都内にある有名な漢方薬の先生を訪ねました。

そこでの治療は、冷えて硬くなったお腹をふっくらと柔らかくする漢方薬を毎日煎じて飲むというものでした。

10ヶ月間続けましたが、診察が月に1度ということと、あまり体調の変化も感じられなかったので、続けるかどうか迷っていました。

そんな時に鍼灸治療が不妊症に効果があるという内容の記事を読み、同じ東洋医学なら試してみるのもいいと思い、インターネットでたくみ堂を知りました。

 

初めてたくみ堂に伺ったときにいただいた、河村先生の優しい笑顔と必ず妊娠できるよという力強いお言葉、そしてスタッフの皆さんの温かいお心遣い…。

赤ちゃんができないという精神的な辛さから1歩抜け出せた瞬間でした。

漢方薬をやめ、鍼灸のみで母体作りを頑張ろうと思った瞬間でもあります。

 

それからは、毎週たくみ堂へ通いました。

妊娠しやすいふっくら柔らかお腹を作ることが最終目的なのですが、お腹だけでなく体全体を整えてくださる治療に、心も一緒に軽くなっていきました。

「先生、肩が凝っているのですが」

「先生、花粉症が辛いです」

「先生、風邪で咳が止まりません」

「先生、便秘で苦しいです」

私の悪いところをひとつひとつ丁寧に治してくださり、河村先生にお願いすればどんな症状も良くなるので、たくみ堂に通うことが本当に楽しくて仕方ありませんでした。

先生とのおしゃべりも楽しみのひとつでした。

 〔頑張ったこと〕

 食べ物編

・生ものを食べない(生野菜やお刺身など)

・玄米食にする(先生お薦めのさゆり米)

・できるだけ無農薬に近い野菜や自然食品を手に入れる

・冷たいものはとらない(すべて常温以上で飲む)

・カフェイン入りの飲み物を控える

・「まごはやさしい」で考えた献立(ナチュラル会で学んだ)

・旬の食べものを食べる

・インスタント食品は食べない

・砂糖は黒砂糖を使用する

・お酢を飲む(健康医学社の黒酢バーモント)

 

服装編

・腹巻をする

・5本指靴下などで足を冷やさない

・レッグウオーマー着用

・お腹まですっぽり隠れるショーツをはく

 

生活編

・必ず毎週たくみ堂に通う

・生姜温灸→枇杷の葉温灸(毎日ではなかったが自分のできる範囲で)

・深い呼吸法を意識する(ナチュラル会で学んだ)

・半身浴

・自分のお腹に話しかける(ナチュラル会で学んだ)

  

どれも完璧にはできませんが、これだけは頑張るぞという意識を持っているだけで、生活の仕方が変わります。

日頃から食生活に気を配ること、とにかく体を冷やさないようにすることが大切だと思っていました。

 

〔出産に至るまで〕

 自然妊娠も目指しましたが、結果3回の治療を行い、3回目の治療で妊娠→出産に至りました。

初めての治療はたくみ堂に通ってから1年後のことです。

そして驚くことに1回目で陽性反応がでました。

しかし結果は流産となってしまいました。

辛い経験でしたが、少しずつお腹ができあがってきているのかなという希望の光も感じられました。

2回目の治療はうまくいきませんでした。

母体作りにもっと専念しようと決め、治療をいったんお休みしました。

先生とも相談しながら、半年後治療を再開。

見事に陽性反応がでました。

そして驚くべきことに、二つの命が私の体に宿ったのです。

 〔妊娠してから〕

 不妊治療での妊娠となりましたが、私にとっては待ちに待った幸せの瞬間でした。

しかも、一度に二人の赤ちゃんを授かることができるなんて夢のようです。

しかし、多胎妊娠は出産までのリスクが多く、流産しやすく早産になりやすいといったトラブルから、無事に出産するまで本当に心配でした。

妊娠15週から安産灸を始めました。

どんどん大きくなるお腹を抱えながらの安産灸は、なかなか大変でしたが毎日欠かさず行いました。

双子と言うリスクの高い妊娠であったため、安産のためはもちろんのこと、お腹の血流を良くしてとにかく1グラムでも大きく赤ちゃんを育てたい、体重差が出ないようにしたい、健康で元気な赤ちゃんを産みたい…この思いでいっぱいでした。

途中何度も逆子になりましたが、逆子灸も学び、妊娠後期には二人とも頭位で安定。

産院の方針により2ヶ月の管理入院はしたものの、これといったトラブルもなく無事自然分娩で二人を出産することができたのです。

赤ちゃんたちも保育器に入ることなく、すぐに母子同室となり、育児がスタートしました。

出産の前日まで続けた安産灸がなければ、こんなに健康で元気な赤ちゃんを生むことはできなかったと今でも強く思います。

 〔最後に〕

 たくみ堂に通い鍼灸治療に出会えたこと。

河村先生を信じて自分の体を信じて毎日少しずつ努力したこと。

通い続けた約2年の日々は今改めて振り返ると本当に一生懸命でした。

無事に出産を終えた今、待望の我が子たちを抱くことが出来たことは、たくみ堂に通ったからこその結果だったと思います。

河村先生、本当にありがとうございました。

スタッフの皆様と奥様にも大変お世話になりました。

 

 NO82

 

横浜市 31歳 鍼灸治療13ヶ月間 2007.8月妊娠 2008.5.19日報告

 

 河村先生、スタッフの皆様ご無沙汰しております。

大変遅くなりましたが、424日に無事元気な男の子を出産いたしましたのでご報告させていただきます。

2,712gと少し小さめでしたが、現在母乳ですくすく育っております。 

妊娠レポートを書かせていただきます。
皆様のお役に立てれば幸いです。 

1999年 23歳  結婚
結婚後より体調が悪くなり生理が止まってしまう。
検査したところ「高プロラクチン血症」と診断されるが、その原因は見つからず。
プロラクチンを下げる薬を飲み始める。 

          同時に不妊治療を開始する。
タイミング療法、人工授精まで行うが妊娠には至らず。 

2002年 26歳  体調が悪化し再度検査を行い「脳下垂体腺腫」がみつかる。
手術を行い腫瘍の摘出を行うが、高プロラクチン血症は改善されず内服治療は続けることとなる。 

          ホルモンのバランスはなかなか改善されず、不妊治療は続行する。
手術から
3年経ち、やっと自然に排卵するようになる。 

2005年 29歳  タイミングで妊娠(HCGのみ投与)
初期は順調に経過するが、
164日で流産となる。
流産後も不妊治療は続けたがなかなか妊娠に至らず、治療がつらくなり治療をいったんやめる。

2006年 30歳  たくみ堂に通い始める。

2007年 31歳  自然妊娠
(妊娠する前少しだけ不妊専門の病院へ通いタイミングだけみてもらう)
 

   ≪たくみ堂に通って≫

結婚して体調が悪くなり、3年後原因となる病気が見つかり手術をしたのにその後もなかなか妊娠には至らず、かなりつらい日々を送っていました。そしてやっと妊娠した子が流産となり、ショックで仕事も辞めてしまいました。

その頃はなんとか自然に排卵もしていましたし、流産となった子は自然に排卵してタイミングでできた子だったので、流産後なかなか妊娠しなかった時にかかってた先生から人工授精を勧められた時は、つらくてやる気がなくなってしまいました。
それでも、あきらめきれず「たくみ堂」にお世話になることを決めました。
 

妊娠された方の「妊娠レポート」にずいぶん励まされた気がします。多くの方が最初の受診で先生から「大丈夫。妊娠できますよ。」と言われたと書かれていましたが、私はそうは言われませんでした。

言われなかったことがちょっと不安に思ったこともあったのですが、先生からは「脳下垂体腺腫の方を見るのは初めてだから」と言われたのを覚えています。先生も慎重にされていたのだと思います。 

治療中は良くなったと思ったら、また悪くなったり・・・。悪くなると落ち込んだりしていました。
結婚してだいぶ経っていたので少し焦っていたのもありました。

先生からは「改善していくまでには、良くなったり悪くなったり波があって少しずつ良くなるんだよ」と言われ、時間がかかっても頑張ろうと思えました。少しずつですが長かった低温期が正常に近づいてきたり、短かった高温期も長くなり、体調が改善されているのを実感できるようになってきました。 

≪行ったこと≫

    生姜温灸→びわの葉温灸

    毎日ではありませんが、玄米を食べるようにしました。

    なるべく常温の飲み物を取るようにしました。

    散歩、    腹巻 

かなり無精者で・・温灸もさぼってしまったことが多々ありました。
また『我慢をするのはストレスだから・・』と食べたい時はアイスなども食べていました。不真面目で・・先生すいません。 

今回妊娠は、前回の流産のこともあり不安の大きい妊娠生活でした。
でも、先生からは「大丈夫。いい脈をしているよ。」と治療の後に言われ、お腹の子の生命力を信じてなんとか気持ちを切り替えました。

そして大きなトラブルもなく、無事出産することができました。

また、安産灸のおかげでかなりの安産でした。
スタッフの方から「安産灸をした子は育てやすいって皆さん言いますよ」と教えてもらいましたが本当にその通りで、よく寝て、よく飲んで元気に育ってくれています。 

たくみ堂に通って妊娠するまでの1年間は、自分の体や心と向き合ういい時間だったと思います。

河村先生やスタッフの方には本当にお世話になりました。
自分が「妊娠レポート」を書くなんてまだ信じられないような気もします。 

これからも、先生から教わったことや体にいい事は続けていきたいと思います。

本当にありがとうございました。 

NO81

 

 横浜市 32歳 鍼灸治療8ヶ月間 2007.7月妊娠 2008.3月23日報告
 

 河村先生、しばらくご無沙汰しております。 報告遅くなりましたが、先月3月18日に、予定日より5日早く、3326グラムの元気な男の子を無事出産いたしました。 妊娠中に先生が私のおなかを見て、男の子だろうとおっしゃった通り、男の子でした(笑) 
遅くなりましたが、私の妊娠レポートをお送りします。 皆さんに少しでもお役にたてれば幸いです。
 
2005年 11月  結婚
2006年 6月〜10月   病院・婦人科で排卵障害を指摘され、タイミング療法をする
2006年 11月  たくみ堂に通い始める
2007年 7月   自然妊娠
2008年 3月   無事出産
 
結婚してから婦人科に通い始めるまでは半年と短かかったのは、結婚する前から夫とは数年一緒に暮らしていたので、漠然と妊娠しにくい体なのではとずっと思っていました。 なので、早い段階で婦人科に行こうと決心しました。
婦人科では、多嚢胞性卵巣症候群と診断され、卵管造影検査では、子宮に癒着があるだろうと言われました。 半年ほどタイミング療法をし、駄目ならば、体外受精も考えてくださいと言われ、雨の中傘もささず泣きながら家に帰ったことを思い出します。 
1周期だけクロミッド使用のタイミング治療をしましたが、結果は出ず、クロミッドの副作用で、顔に吹き出物がたくさん出てしまい、2周期目もする気になれませんでした。 卵管造影検査をした後だったので、お医者さんには続けて治療をしたほうがいいと言われましたが、とりあえず休憩して精神を落ち着かせようと思いました。 そのころの私は、検査結果でパニックになっており、自分で何をしているのかよく分かっていなかったように思います。
インターネットでいろいろ不妊について調べ、たくみ堂のサイトにたどりつきました。 妊娠レポートを全てよんで、そのときはまだ半信半疑でしたが、鍼治療はどんなものか行ってみようと河村先生にメールしました。 返事はすぐいただき、次の週にはたくみ堂に行きました。 
先生の診断では、お腹は少し冷たいが特に大きい問題はないとのこと、体外受精はしばらくは考えなくていいとのことでした。 たくみ堂で治療をすれば絶対妊娠できますよと言われ、本当に妊娠できるかどうか分からないけど、とりあえず半年間は先生を信じて通ってみようと思いました。 それから週一回、たくみ堂に通う生活が始まりました。
 
たくみ堂に通い始めてからやり始めた事
- 週1回、たくみ堂で治療をする
- 週4回、スポーツジムでヨガ、ウオーキング、お風呂(お腹を温める為、半身浴を最低30分はしました)
- びわの葉温灸(生姜温灸よりびわの葉にすぐ切り替え、すごく好きになったので、毎日30分以上寝る前にしました)
- 飲み物は常に温かいものを飲む
- 冷たい食べ物、飲み物は口にしない
- 玄米を週2回食べる(毎日はできませんでしたが、なるべく食べるよう心がけました)
 
たくみ堂での治療は、心地良く、治療という感覚はありませんでした。 私が通い始めたのは、冬でしたが、治療が終わって家路につく時は、体がぽかぽか暖かく、フワッと体が軽くなったようで、いい気持ちで家に帰っていました。 私の家からたくみ堂まで片道1時間半かかり近いとは言えませんが、週一回通うのは楽しみになっていました。
びわの葉温灸は、すごく好きになりました。 これは、妊娠のためだけでなくこれからも続けていきたいと思っています。 寝る前にすると体が暖かくなり、眠りにすぐつくことができました。 あと生理中にお腹にすると、生理痛もなくなっていきました。
あと気をつけていたのは、なるべく歩くことです。 今まではほとんど運動もしない生活だったので、歩いて、血の巡りをよくするよう心がけました。
そういう生活を数ヶ月続けていると、生理の時の感覚が今までと違うことに気づき始めました。 今までの生理痛がなくなり、出血も心地いい感覚がありました。 生理不順もなくなっていき、毎月きちんと生理が来るようにもなってきました。 あと精神も落ち着いてきて、夫にも「たくみ堂に通い始めてから性格がかわったね」と言われるようになりました。 少し焦る気持ちがなくなり、いつかは妊娠できると思えるようになったのだと思います。
治療を始めて半年たち、「あ〜半年って区切りを最初つけたけど、まだ妊娠しないな〜」と思っていました。 でも体調は確実によくなっていたので、あと半年やってみようと思い直していました。 それから1ヶ月後、自然妊娠していることが分かりました。
妊娠してからも治療は続け、安定期に入ると安産灸を教えていただき、特に問題なく出産までたどり着きました。 赤ちゃんは元気すぎるほど健康で、安産灸のおかげだと思っています。
 
たくみ堂に出会い、こんなに自然な形で妊娠できるとは思っていませんでした。 河村先生には、体と心と両方治療していただいたと思っています。 
 
以前は、一人でいいから子供がほしいと思っていましたが、今はもう一人欲しいなと欲が出てきました(笑)  またいつか先生にお世話になるかもしれません。 そのときは宜しくお願いします。
 
先生、これからもたくさんの人に笑顔をあげてください。 一生、先生のことは忘れません、ありがとうございました。
 
赤ちゃんの写真添付します。 今は我が家のアイドルです。
 
 
 
 
NO80

 

 埼玉県 40歳 鍼灸治療7ヶ月間 2007.6月妊娠 2008.3.9日報告
 
河村先生、ご無沙汰しております。
ご報告が大変遅くなり、失礼いたしました。

予定日の1日前、2月19日に無事3522グラムの女の子を出産しました。
今回は経過も順調で、お産も早かったです。
妊娠レポート報告させていただきます。


1997年  6月   29歳      結婚 仕事に忙しい毎日をおくっていました。  
 
 
2001年        33歳   もともと生理不順だったため、婦人科受診。排卵障害ということでクロミッド等で治療を開始。

2002年  7月   34歳   妊娠 (予定日2003年3月)
 
                    経過は順調で、特に検診でも問題なく過ごす。
 
        12月末 35歳  緊急入院。30週0日で早産。
 
     突然のことでとても驚きましたが、幸い子どもは元気に大きくなっています
 
 
2006年        38歳   もともと生理不順だったが、半年ほど生理が止まる。
 
 生理がきちんとくるようにしたいと思い、インターネットで調べたところたくみ堂のHPを見つけました。
通うのに1時間半以上かかるので、勤めながらでは難しいかとも思いましたが、できるかぎりのことをしてみようと思いました。
 
       39歳    11月〜  たくみ堂に月に2回程度のペースで通う。
                     生姜温灸は早起きして仕事に行く前に行う。
                     産後体重が増えてしまっていたので、無理の無い範囲でダイエットを始める。(半年で7キロほど)
 
2007年 39歳     6月    自然妊娠
 
                     妊娠が判明してからも、定期的に治療に通う。
                     つわりもあまりなく、順調。
                     安産灸は早起きして仕事に行く前に行う。
 
      40歳     12月   31週  病院で逆子と言われ、急遽逆子の治療をたくみ堂でしていただく。逆子対策のお灸を教えていただき、自宅でも取り組む。
 
2008年          1月上旬 33週 一度逆子が治る
                      35週 検診でまた逆子に。すぐ河村先生に連絡をとって逆子灸についての指示をいただく
 
                1月中旬 36週 逆子治る
 
逆子の件では、急遽電話やメールでご相談し、すぐに治療していただいたり、お灸の数を指示していただき、励ましていただきました。お灸をしているとお腹がぽこぽことよく動いたので、「反応しているな〜」と思い、「頭が下だよ」と言い聞かせながらお灸をしていました。逆子だと帝王切開で早めに出産になるということだったので、できることはなんでもしました。
 
                       
 
たくみ堂に通うのは、時間を捻出するのは大変でしたがとても楽しい時間でした。治療のために横たわっていると、あまりの心地よさに寝てしまうこともしばしば・・・。何度か寝ぼけてしまったこともありました。基礎体温をつけていて、はっきりと排卵や高温期がわかったのは、治療を始めてから3ヶ月くらいたってからでしたが、目に見えて結果が分かったので生姜温灸に取り組む励みになりました。
 
仕事でパソコンを使うためか、肩こりや目の疲れがひどかったのですが、治療の帰りは身体が軽く、ふわふわとした心地よい気分になりました。
 
出産時40歳という年齢や、前回早産だったため、通院していた産科ではかなり注意を受けましたが、特に問題も無く、仕事も34週まで続けて産休に入ることができました。
 
出産の時も、入院時には破水していましたがまだ痛みは無く、世間話をする余裕がありました。陣痛室に入っても本当に痛くなったのは最後の3時間位でした。分娩台の上ではさすがに痛かったですが「安産灸をやっていたのだから大丈夫」と自分に言い聞かせていました。助産師さんが驚くぐらいすんなりと産まれてきてくれました。
 
 
私の生理不順の原因も、前回早産の原因も病院では、はっきりとはしませんでした。私には鍼灸の治療がとても合っていたのだと思います。自然で無理の無い形で子どもを授かって、出産することができて本当に感謝しております。本当にありがとうございました。
 
                     
                      
 

NO79

 

品川区 40歳 鍼灸治療1年6ヶ月 2007.10月妊娠 2008.2、14日報告 
 
河村先生、奥様、ならびにスタッフの皆様 
 

このたび、待ち望んだ赤ちゃんを授かることができ、出産の日を心待ちに過ごしてます。 
片側の卵管が詰まっていると検査の結果判明したり、本当に私は母親になれるんだろうかと 焦ったり、
落ち込んだりした日もあって、精神的に苦しい時期もありましたが、先生やスタッフの 皆様に励まされ
ここまで来ることができました。今は感謝の気持ちで一杯です。 
 
つきましては私の記録を書かせていただきます。 
このレポートが皆さんの少しでもお役に立てればと思います。 
 
 
 
H.17.2       結婚
H.17.11     もともと生理不順もあり、24歳の頃、無排卵月経が続き婦人科で「更年期障害」と言われた
                り、34歳の頃、生理が半年止まったり、周期も長く(40−45日)自分は子供が出来にくい
       体質なんではないかと漠然とですが感じていました。
       結婚して子作りを始めてから半年過ぎた頃、銀座の不妊治療専門医を受診しました。
       ホルモン検査をしたところ特に異常なし。クロミッド使用のタイミング治療を半年続けました。
H.18.3   たくみ堂に初受診
H.18.6   卵管造影検査で右側閉鎖、左側狭窄という診断を受け、自然妊娠の確率は5%と告げられ
       ラパロ適応か体外受精をすすめられる。
H.18.11  横浜の不妊治療専門医で体外受精に初チャレンジ
H.19.1   繋留流産
H.19.4   不妊治療再開
H.19.6-8  人工授精を3回実施。すべて撃沈
H.19.9   2度目の体外受精
H.19.10  陽性 不妊治療を続けていたクリニックを卒業し、近所の大学病院の産婦人科を
       受診  
       現在に至る
 
<たくみ堂受診 >
    妊娠には鍼がいいと聞き、主人がインターネットで調べてたくみ堂を見つけすぐにメールで受診の申し
  込みをしました。するとすぐに返信がきました。
  初診では、「お腹が冷えて堅い」とのこと。「妊娠できるお腹作りをしていきましょう」と言われる。
  そういえば、私はもともと冷え性で悩まされていました。それなのに冷たい飲み物を飲んでいたり、薄着
  をしたりして自分の体を大切にするということを忘れていました。
  たくみ堂の受診でその事に気がつき、体質改善の為に出来るだけのことをしようと生活の見直しをしま
  した。
 

 <私が気をつけたこと>
 
 ☆冷たい飲み物をとらないようにする。
 ☆生野菜は避ける
 ☆根菜類、大豆製品を多く摂取するようにする。
 ☆白米から玄米にかえる。
 ☆びわの葉温灸を毎日40分行う。
 ☆毎日30分のウォーキング。
 
 
  たくみ堂を受診して半年程たったころお腹も自分でもわかるくらい柔らかくなってきました。
  先生から「そろそろ準備が出来てきたね、いつ妊娠してもおかしくないよ」というお言葉を頂き、初の体外
  受精にチャレンジしました。
  クロミッドとHMG注射での誘発。卵は3個出来、2個受精(G1、G2) 1つ胚盤胞まで育ち移植。2週
  間後陽性反応を頂く。その後。胎嚢は確認できたものの胎芽、心拍確認が 出来ず繋留流産してしまい
  ました。
 
<流産>
  流産した時はとても悲しかったのですが、「私も妊娠することが出来る体になれたんだ!  次の体外受精に
   向けてまた頑張ろう!」と前向きな気持ちでいられました。
  流産の手術後、病院の先生からは2回の生理が来てから治療を開始してもいい と言われました。鍼のお陰
  で術後の経過もよくH.19.4に治療再開しました。
 
<治療再開 >
 人工授精など数回試みたのですが、すべて撃沈でした。妊娠出来る体質に変わっているはずなのに何故なんだろ
 うと 焦りを感じましたが、やはり卵管に詰まりがあることもあるのでH19.9に2回目の体外受精にチャレンジしました。
  HMG注射による刺激法で、卵は3つできました、うち、2個受精(G2、G3)、3日目に2つの卵を戻しました。
  2週間後陽性反応を頂く。
  その時はうれしくて、その場で泣いてしまいました。結果を主人にメールで報告したのですが、その時もまだ、 涙が
 止まりませんでした。
 
<現在 >
 現在、妊娠22週(6ケ月)です。おなかの赤ちゃんの胎動を感じることができ、母親になる実感をかみしめてます。
  5ケ月に入ったころから安産灸を毎日欠かさず自宅で行っています。
 
 
<最後に >
  本当にここまでこれたのは、たくみ堂のお陰だと思っています。
  赤ちゃんを授かるまでには、色々ありました。
  自分の年齢から焦りを感じてしまい、ともすると悲観的になってしまう私の悩みを、先生方は優しく聞いて頂さいました。
  私を支えて頂いたこと、今でも思い出します。
  本当に、本当に有難うございました。
 

NO78

 

世田谷区 35歳 鍼灸治療4年間 2007.7月妊娠 2008.2.7報告
 

河村先生 

こんにちは。

ご無沙汰しております。

河村先生にお世話になって約4年、こうしてご報告ができるようになりました。ありがとうございます。

河村先生はじめ、奥様、スタッフの皆様には大変お世話になりました。治療を途中で断念しようと何度も思い、通院期間が開いてしまった時も笑顔で迎えて下さって、色々お話をして下さいました。そういった優しさに支えられてここまでこれたのだと思います。

本当に心から感謝申し上げます。 

このレポートがどなたかの役に立てばと思い書かせていただきました。

簡単ですがご報告させていただきます。

 

2001年結婚  29歳

  フルタイムで仕事をし、深夜まで残業の日が多い状態

  最初の2年間位は仕事が忙しかったのと、自然にできるのだろうと赤ちゃんのことはあまり重要に考えていませんでした。

結婚生活も慣れて周りからそろそろと言われ始めた頃、インターネットで病院を調べて地元で評判のクリニックに通い始めました。

 

2003年 不妊治療開始 世田谷区内のクリニック

  タイミング療法 

  排卵誘発剤

  卵管造影

  人工授精

  インターネットでも評判というだけあって、予約をしても2時間近く待つのが当たり前で、仕事を頑張って慌しく終えて6時にクリニックに着いても、診察してもらえるのは8時近くで、診療時間は約5分・・・ しかも診察室のドアは開け放たれていて待合室に先生の声がまる聞こえという感じで、今考えるとクリニックに通うたびに精神的に負担になっていたのだと思います。

クリニックでの治療は、基礎体温表をつけ、最初の2周期はタイミング療法で排卵日に合わせて夫婦生活をもつことを指導されました。それと同時にヒューナーテストや精子の運動率を調べ卵管造営も試みました。卵管造営の結果、右の卵管が詰まりやすいと言われ、愕然としてしまいました。タイミング療法の後は排卵誘発剤が処方され、毎周期ビタミン剤のように薬を飲む日々が続きました。

排卵誘発剤を飲み始めてから太り始め、体調が崩れやすくなって、一向に先の見えない治療にストレスを感じて気分も落ち込みやすくなり、毎日暗い生活を送っていました。

 

2004年 左目網膜はく離で手術・入院

  悪いことは続くもので、ある日突然左目が見えなくなり、眼科に行ったら網膜はく離と診断され、緊急手術を行い2週間入院しました。

 

同年   河村先生にお世話になる

  私にとっては運命の出会いです。

河村先生にお会いして、身体を診ていただいたら、「今の身体だったら赤ちゃんは授からないよ」と言われました。手足は冷たく、顔色も悪く、お尻の部分は血行が悪く(血)で黒ずんでいたのです。その時はえっと思いましたが、赤ちゃんを授かった頃の身体と比べると雲泥の差です。今から思うとあの時の身体は本当にボロボロでした。それでも先生は「大丈夫、あなたの身体は妊娠できるようになるから」と言って下さったのがとても嬉しかったです。河村先生に診ていただくようになって、元気をもらえるようになったので、通っていたクリニックの先生に人工授精を勧められ行いました。今から思うと気持ちが焦っていたのだと思います。

河村先生に、「しばらく鍼以外の治療はお休みして身体を休めてあげたほうがいい」といわれたのですが、鍼をしていただいて体調がよくなったので、早く赤ちゃんが欲しいという気持ちが先走ってしまっていたのですね。

人工授精を行ったのですが、雑菌に感染したのか、身体が拒否反応をしめしたのか人工授精をした午後から高熱が出て、丸3日間寝込んでしまいました。クリニックで処方されたお薬を飲んでも熱が下がらず、河村先生に電話で相談したら「すぐにいらっしゃい」と言ってくれました。タクシーを飛ばして河村先生のところに行き、鍼をしていただいたら次の日には熱が下がり始めました。それから半年は鍼だけに専念して、その他の治療はお休みしました。

 

2005年

  河村先生に身体の調子を整えていただき、冷え性も改善してきて、先生から治療を再開してみたいと相談しました。

 

  別のレディースクリニックに通い始める。

  卵管造影

人工授精 2回 2005年

  体外受精 2回 2005年・2007年(2回目で妊娠)

  以前通っていたクリニックの経験を踏まえて、待ち時間や診察体制の整っている病院を探しました。その分診療代が多少高くなりましたが、通院が精神的に負担にならないようになりました。

以前のクリニックで卵管造影を行った時は、右の卵管が詰まりやすいと診断されていたのですが、鍼のおかげできれいになっていました。

そのクリニックでは時期をおいて人工授精と体外受精を行いました。

排卵誘発剤は最低限の処方にしていただき、体調が悪いときは治療をお休みするなどして身体と相談して行いました。

 

2007年 1回目の体外受精で採卵した受精卵を戻す

  胚移植の前後に鍼をしていただきました。

  無理をしないようにと色々アドバイスくださったのが成功につながったのだと思います。

 

鍼以外に心がけたこと

生姜温灸、びわの葉温灸

 毎日できない時もありましたが、やると身体が温まって冷えにとても効果的でした。

   びわの葉は肩こりや腰痛にもとても効きました。

 

  半身浴

自分へのご褒美にとお風呂テレビを購入して半身浴をしながらテレビを見ていました。普段汗をかいたことがなかったので、当初は汗をかくと蕁麻疹が出ました。汗すら出ない身体だったのです。半身浴の気持ちよさを実感するようになると、汗をかきたくなるようになりました。 

 

お風呂上りにお酢を飲むようにしました。

黒酢やりんご酢等色々試して、ザクロ酢が一番のお気に入りです。

 

食生活

玄米や雑穀米を食べるようにしました。

以前は便秘がひどく、下剤を飲んだ時期もありましたが、今は毎日お通じがあります。

 

手足の刺激

河村先生のところでご紹介いただいた鍼棒で手と足の指の脇を刺激しました。

最初は痛くて涙が出そうになりましたが、やり続けると痛くなくなり、手足がぽかぽかするようになりました。

 

深呼吸

ナチュラル会で教えていただいた呼吸法をするようにしました。毎日ではありませんが、体調の悪いときに行うと身体に酸素がいきわたるような感じがして身体が温かくなりました。

 

これらのことは毎日できれば一番いいとは思いますが、思いつめるとそれがストレスになることもあるので、自分のできる範囲で行うようにしました。

 

他にも河村先生には普段の生活に対して、何か相談すると優しくアドバイスして下さり、鍼治療と同時に心のケアもしていただいたことがとても大きかったと思います。

その時不安に思っていることを話すと、こうしたほうがいいとか、世間話をしてくださって心が落ち着きました。

 

今から思うと赤ちゃんが欲しいという気持ちが先走りしてしまっていたのだと思います。

お母さんの身体が整っていないと赤ちゃんもきてくれませんよね。

焦る気持ちが薬の量を増やしたり、自分で自分を追い詰めたり、考え込んでしまったりしてしまっていたのだと思います。河村先生がよくおっしゃる「自然」という言葉の意味が、わかり始めた頃、体調がよくなり、血で黒ずんでいたお尻もきれいな肌色になり、冷え性も改善していました。

 

つわりで河村先生の所に通えなくなってからもお電話を下さったりして、本当にありがとうございました。

 

予定日まであと1週間大切に過ごしたいと思います。

NO77

 

 大田区 34歳 鍼灸治療4ヶ月間 2007年1月妊娠 2007.12.26報告
 

 河村先生、ご無沙汰しております。
ご報告が大変遅くなり、失礼いたしました。

予定日より少し早く、10月の初めに無事女の子を出産しました。
ようやく生活も落ち着き、日ごとに成長していく娘と過ごしながら、この子の親になれた幸せを噛み締めています。
先生の元に通わなかったら、この喜びを知らなかったかもしれません。
無事に妊娠期間を過ごせなかったかもしれません。
子供を無事に授かることは奇跡の連続ですね。
私の経験を拙い文章ですがご報告させて頂きます。
御覧になるどなたかの、励みになれば幸いです。


2003年   結婚  生理不順のため、漠然と子供が出来にくい予感がありました。
        その後婦人科で子宮筋腫の存在を知る。妊娠に影響のない場所および大きさとのことで
        経過観察。
2004年   友人の紹介で不妊専門のクリニックに通い、一通りの検査を受ける。とくに治療は必要ない
        とのことでしたが、男性不妊の可能性を指摘される。
2005年   別の不妊専門クリニックに通い始める。こちらでは主人の治療の必要はなく、私の黄体機能
        不全と後に潜在性高プロラクチン血症であることがわかる。
        夫婦で話し合った結果、治療を始める。
        クロミッドとルトラールを服用。   
        1周期目で妊娠、超初期流産。
2006年   流産後、少し体を休めたあと治療を再開し、再度妊娠したことが判明。
        しかし、6週目でまたもや流産。
        同じように体を休め、8月から治療を再開するが、生理の乱れがひどくなり不安になる。
        
2度の流産は、心も身体も痛みを伴うものでした。小さな命が宿ったとわかった瞬間から、不思議と身体の奥にぬくもりを感じます。それが消えてしまったこ
との悲しみと焦り。余計にすぐに妊娠したくなるのです。

でも、焦りをおさえてじっくり考えてみました。薬だけに頼っていいのだろうか?と。
生理の乱れは、身体の悲鳴のように感じました。
「自分で出来ることはないのだろうか?」
この思いが、たくみ堂と出会ったきっかけとなりました。

2006年9月 たくみ堂へ 週に1度通い始める。
不妊鍼、この言葉はクリニックに通っていた頃、待合室にあった本で知りました。
さっそく調べてみると、幸運なことに、自宅から近いところに不妊専門の鍼灸院があるではありませんか!
それが河村先生の「たくみ堂」でした。
HPを拝見すると、「母体づくり」という言葉が書いてありました。ドキリとしました。
赤ちゃんにとって居心地の良い体を作らなければ、また悲しい思いをするかもしれない。
門を叩くのに躊躇いはありませんでした。
薬をやめてしまったら、妊娠へは遠回りになるかもしれないという不安はありました。
でも、通ううちにその考えは消えていきました。ゆっくり、体が元気になるのを楽しもうと思いました。
治療を受けるたび、体は芯から軽くなっていくようでした。スキップしたくなる感じでした。
近年、風邪をひかない冬はありませんでしたが、その時々にあった体全体の治療をしていただき、
この冬は元気そのものでした。
ところがある日、久しぶりに体のだるさを覚えたのです。
通いはじめてから約4ヶ月、自然妊娠でした。
想像以上に早く、理想的な形で授かることが出来ました。

「努力」というほどのことは何もしませんでした。。。
生姜温灸は毎日、ビワの葉温灸は時間に余裕のある週末にやりました。
食事についてはあまり優等生ではありませんでしたが、体を冷やさないように注意はしました。
でも、無理をせず、出来ることを楽しみながら続けることが私には良かったのだと思います。

授かったことがわかってからは、体調にあわせて通いました。
安産灸を始めるに至った時はとても嬉しかったものです。
「赤ちゃんが喜ぶ」とのことだったので、一日も欠かさずやりました。
そのお陰か、年齢の割には子宮口も柔らかかったようです。
出産のため入院した際、助産師さんや先生に「このツボにお灸してくれてたんですね!」と
褒められ(?)ました。


無事に出産を終え、待望の我が子を腕に抱くことが出来たのも、やはり先生の治療を受けたこの1年間があったからだと思います。
本当にありがとうございました。
スタッフの皆様、奥様にもよろしくお伝え下さいませ。

またいつか、お世話になる日が来るかもしれません。
その時はどうぞよろしくお願いいたします。

NO76

 

  世田谷区 27歳 鍼灸治療1ヶ月間 2007年4月妊娠  2007.12.1報告
 

河村先生,奥様,スタッフの皆様

 このたび、待望の赤ちゃんを授かることができ、出産まであと1ヶ月となりました。まさかこんなに早く赤ちゃんを授かることができるなんて思ってもいなく、妊娠を知ったときは驚きの気持ちでいっぱいでした。「赤ちゃんができないかもしれない・・・」と、思い悩んでいた頃が、まるで夢のようです。

赤ちゃんがこのお腹に来てくれたのは、たくみ堂での治療のおかげだと思っています。河村先生、奥様、スタッフの皆様、どうもありがとうございました。先日、たくみ堂で最後の治療を終え、あとは、赤ちゃんの誕生を待つのみです。

簡単ですが、妊娠レポートを報告させていただきます。

 

【妊娠レポート】

  《経歴》 

平成17年 5月   結婚 (仕事の都合で、妊娠の計画はしていませんでした)

平成18年 8月   妊娠の計画を始めるが、妊娠する傾向なし

(避妊をやめたら、すぐに妊娠できるものだと思っていました)

11月   産婦人科 初受診  

              子宮内膜症(左右の卵巣にチョコレート嚢腫)が見つかる

医師には手術を勧められるが、主人や両親に相談の上、違う病院で再受診することに

       12月    大学病院で再受診

一通りの検査(フーナーテスト、子宮卵管造影、MRI)を受ける

チョコレート嚢腫は、まだそんなに大きくないとのことで、経過観察ということになった

               

その間にも、基礎体温を測ったり、排卵検査薬を使って排卵日を予想して妊娠を試みるが、妊娠の傾向はなし。経過観察だけではチョコレート嚢腫が悪化する恐れもあると思い悩んでいた頃、ホームページでたくみ堂の存在を知り受診をする。

 

平成19年 3月    たくみ堂にて初受診

        4月    念願だった保育士として保育園で働き始める